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2009年1月13日 (火)

楢崎城跡(広島県府中市)

広島県府中市久佐町にあって安全寺背後より東側に延びる尾根先端部が城跡、毛利旗下の武将として活躍した国人楢崎氏の居城

城跡へは府中市内からであれば国道486号を利用し北上、県道24号に入り更に県道56号に進路を変え久佐町にある安全寺を目指せば分かり易い、到着後はルート図の如く寺院背後に備わる登山道で迷わず山上主郭には辿り着ける。

登城開始となる寺院背後の登山道よりすぐ北側には数段に及ぶ古い石垣群が眼に留まり、屋敷跡を想像させるが築造の時代背景までは判別は不能である、ここを通り過ぎて道に任せて進むと数分で北側の尾根を分断する大堀切に出くわすが、これは残存状態も良く更に高さもあるので中々見応えがある。ここからは登山道を通らず直接崖状北斜面に取り付いて上るが、予想通り更に二連からなる堀切及び土塁が設けられていた。この遺構に満足感を覚えながら斜面を登り切ると山上主郭に辿り着くが、規模は大きく社殿のある事から整備されており眺望も効き、尚且つ小さな櫓台周囲を取り囲む石垣跡、更には主郭南側虎口横にも残存石垣跡を眼にする事が出来た。主郭を一周した訳ではないが恐らく当時は石垣によって周囲は固められていたのではないかとも想像させられる。

城跡は山上にほぼ四段の郭を並べ形成されただけで縄張り妙味には期待出来ないが三連の堀切、石垣遺構の他に石組み井戸跡、畝状縦堀などの見所も多く意外に見る者を飽きさせない。現状畝堀は西斜面で確認したが恐らく未踏地である東側斜面にも備わっているのではないかと推察される、更に地形から察する処、まだ東尾根にも縄張りは延びているようにも思われたが、冬季である現在(一月)でも主郭東側は枯れ木及び常緑樹に覆われており踏破は断念するに至る。

情報資料などによって石垣跡は予想していたが他の遺構群も素晴らしく、想定外の事でもあり思わぬ感動に浸りながら城跡を後にした。残存状態が良く遺構残存度も高いので個人的には推奨できる山城の一つである

1z 登城ルート

4_enbou1 西より城跡遠望

3nara 城跡概念図

12_tera_kita_gawa_ysiki_isi_4 寺院北側の石垣跡

23_kita_daihorikiri 北大堀切見所

25_shukaku 山上主郭

30_yagura_shuui_isi_2 櫓台周囲の石垣跡

34_koguti_heki_isi_1 南虎口の石垣跡見所

36_2maru_ido_isi石組み井戸跡見所

41_gedan_ooisizumi 南最下段の大石積み

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