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2009年1月30日 (金)

小竹氏城跡(三重県伊賀市)

この城跡は三重県伊賀市種生にあって非常に山深い、現在でも当時においても伊賀の中でも辺境の地と言わざるを得ない、隠れ里の如き山奥の更に又山奥に位置している。もちろん小竹氏の居城であるが詳細は不明、しかし伊賀の一士豪にしては似つかわしくない規模の大きい山城でもあり、この辺りは標高は高いとは思われるが現地においては比高は大したものではなく、ほぼ丘城と言っても良い城跡かも知れない。情報皆無に近い城跡でありながら、結果的には自分の予想を遥かに超えた見応えのある素晴らしい遺構群が現地には残存しており、いち早く鮮度の高い城跡の情報を掲載する運びとなった。

城跡へは西名阪道「上野東」ICが最寄の乗降口、国道422号で南下すれば「阿保」交差点より県道39号に進入して更に南下する。後は目印でもある「常楽寺」あるいは「種生神社」をめざして進行し、神社向の道から図に示す直登口まで車で上る。峠切り通し道付近には路駐スペースもあり、そこから取り付けば直ぐ城跡南端に位置する南出郭までは到達出来る。

現状(一月)城跡は低い笹あるいは雑木も相当蔓延ってはいるが、郭内の移動も容易に出来、遺構の判別確認には余り支障は来たさない状況にはある。道路脇から取り付けば直ぐ南出郭の堀切が迎えてくれるが、これは当時のままとも思える素晴らしい状態が自然保持されており、10m下の畑地まで縦堀となって落ち込む様は正に圧巻の一言に尽きるものでもある。この出郭から50~60m先の主郭堀切まで高い切岸を伴う土塁道を通って主郭に向う構造となっているが、主郭は後で訪問リポートを掲載する事になる永井氏城跡の縄張りにも酷似しており、分厚く高低差(内壁最大10m前後)のある巨大土塁は上部に更に櫓台とも見受けられる土塁も備わり、前述の堀切と周囲を取り巻く空堀土塁と併せて城跡最大の見所ともなっている。

主郭の北側堀切を越えれば更に広大な一部切岸の窺われる削平地が北西側に連続しており、城跡の規模を計り知る事が出来るが、この城跡は規模の大小に関係なく現存する遺構の素晴らしさであり、見応えのある遺構群の前には圧倒される事請け合いでもある。伊賀でも更に辺境の地にこれだけの城跡が存在している現実に驚きは隠せないが、現地における状況から考えても生産性の上がる広い水田地域はほとんど見当たらず、統治する領内においても全く利便性の無いこの地を築城地に選んだ事が全く理解出来ないのも現実である。個人的には現在ベストの状態と思える冬季に是非見学してもらいたいと思う、正に推奨に値する城跡と断言出来るものである! 

1route 登城ルート

4 城跡

3ko 城跡概念図

6 直登口

10_horikiri_2 出郭より南大堀切見所

11_minamikaku_dorui_2 南郭大土塁見所

11_minamikaku_dorui 主郭へ土塁道

20_shukaku_2 主郭の現状

18_shukaku_dorui_1 主郭虎口大土塁見所

19_yokobori_yori_kita_kaku_1 主郭北堀切より北郭群

27_kita_kaku 北郭

23_koguti 主郭虎口

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