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2008年12月12日 (金)

沢田城跡(兵庫県篠山市)

兵庫県篠山市前沢田にあって篠山城跡からは北東側の目と鼻の距離にある、小林寺の背後の山が城跡であるが寺院から墓地までの周辺全域が縄張りと見受けられる。八上城主である波多野氏に仕える七頭の一人で代々小林氏の居城と伝わるが、明智光秀による丹波攻略軍の前に落城の歴史あり。

城跡へは篠山城跡からも程近いので、ここを起点にして小林寺を目指せば迷わず辿り着けるが、この城跡は市内平野部の中に単独で孤立しており、仮に波多野氏傘下でなければ間違いなく真っ先に落とされていたとも思える立地条件下にあり、平山城といっても急峻でもなく、ほとんど高さもない山上に主郭は位置している。現状(3月)城跡は冬枯れ後に訪れてはいるが、山上のほぼ全域が隙間無く覆われる竹あるいは雑木の密生林となっており、堆積物などによる地表風化も相俟って郭段差などは判別し辛く、形状も把握出来難い状態にある。当時の郭構成はチープすぎる現地縄張り図によってある程度は理解出来るが、ほとんど郭跡の位置確認のみに終わっているので中々イメージし難い。郭群の中では馬場跡に相当する南郭が一番郭跡としては判別し易く、現在でもそのまま削平地として残されており、堀切まで残存(当時のものとみた)しているのが窺える。

主郭西側にある現在の墓地も縄張りからすると本来は郭跡と思われるが、近世における寺院造成の際にどこまで地形改変があったのかは想像する他はない。しかし池を挟んだ西側には現地縄張り図には表示されていなかったが、西出郭と呼ぶに相応しい小規模ではあるが明確に判別出来る、切岸処理のされている数段の郭群が形成されていた。これらは残存状態も良く、余り見るべく遺構のない城跡にあっては一番当時を物語る遺構とも言え、沢田城跡を訪れた際には決して見逃してはいけない遺構の一つだとも思われる。

1route1 登城ルート

3z 城跡概念図

9_honmaru 山上主郭

11_karabori 空堀跡

18_minami_kaku 南側馬場跡

17_horiwari 南郭堀切見所

35_demaru 西出郭

Demaru_kaku_3 Demaru_kaku_7 西出郭内の郭跡見所

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