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2008年12月11日 (木)

保津城跡(京都府亀岡市)

 城跡は亀岡市保津町今石にあって、明智光秀が「愛宕詣で」としてこの峠越えを利用した事でも有名な、「明智越え」登山道は一部この城跡の搦め手道にもあたっている。現地案内板によれば南北朝期の城跡として表記されてあったが、技巧を伴う堀切などから感じられる様に、戦国期においても改修を施されながら機能していた様にも窺われるものである。城史に関しての詳細は不明

城跡へは国道9号より「保津川下り」の乗船場を目指して車を走らせ、そこからも近い保津橋を渡れば一つ目の信号交差点を右折、後はルート図の如く進行し二箇所の寺院を通り過ぎれば登山口手前に位置する、目印となる大師堂までは難なく辿り着ける。そこから山に向いて少し歩けば酒屋が眼に留まるが、その背後の道路沿いには「明智越え」登山口としての案内説明板が設置されており、其の中には城跡に関しての簡単な説明もなされている。この説明板のすぐ裏手の竹林地は既に郭跡でもある。

現状(12月)城跡は程よく整備されており、登山道周辺の郭跡はほぼ全体像を見通す事が出来、縄張りも容易に把握する事が出来るが、民家に近い南側は竹薮となっているので、移動は出来るが少し視認し辛い状態にはある。しかし遺構は全て判別確認は出来る状態でもあり、城跡最大の見所でもある、郭群を縦に三分する二本の深さを伴う堀切は未だ健在、その一本は現在でも道路まで繋がっている。道路沿いからは郭壁に当時の石垣とも思える痕跡、郭内には空堀、土塁、櫓台なども見て取る事が出来、広さはありながらもコンパクトにまとまった郭群の中に遺構は凝縮されており、見学し易く尚且つ非常に目を楽しませてくれるものとなっている。堀切を境にして三ブロックの郭群で形成されたこの城跡は、機能として限界のある狭い段郭などは皆無で、比較的広い郭群は館城の性格も兼ね備えている様に感じられた。

非常にマイナーな城跡ではあるが、遺構の残存状態は予想を超えて素晴らしく、推奨に値する城跡である事は確かである。

尚、案内板に付記されてある様に、東側山麓に展開される砦跡(便宜上、ここでは保津東砦とする)にも足を向けてみたが、覗いて見ると凄い堀切遺構に巡り合える事が出来た。この砦遺構に関してのリポートは、本来は山上に位置する郭群の探索を目的として訪問した経緯もあり、後で立ち寄る事になった保津山(山上郭)城跡の中で掲載の予定。

1route1 登城ルート

3ho 城跡概念図

5 進入路

19_yagura_yori_sita_1 櫓台土塁より

33_naka_gedan 中郭跡

35_kita_horikiri_2 35_kita_horikiri_4 北堀切見所

25_minami_horikiri_1 南堀切見所

37_nisi_kaku_isi 西郭群石垣跡

23_minamikaku1_dorui 南郭土塁

41_karaike_dobasi 空池の土橋

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