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2008年11月27日 (木)

上鴨阪城跡(兵庫県丹波市)

new この城跡は兵庫県丹波市市島町上鴨阪尾端にあって、誉田城跡から見れば集落を図の様に、お互いの城跡で挟む形を採っており、道路を挟んだ南西側の独立した低山の山上に位置している。

ただ訪問したものの、この山城の呼称が現状における資料、文献で見つける事が出来ず、今回の訪問リポートにおいては区別する為に便宜上(仮)上鴨阪城跡としたが、誉田城塞群の一翼を担う、誉田南城跡と呼ぶに相応しい城跡だとは思われる。訪問結果として当時を物語る残存遺構には中々素晴らしいものがあり、今回の掲載に及んだ訳であるが、呼称については判明次第報告するつもりではいる。

城跡へはほぼルート図の如く城跡のある低山東山裾まで向かい、そこからは祠への山道を利用して尾根上斜面を上ることになる。比高70m程度なので10分もあれば山上までは到達出来るが、道中の痩せ尾根上には削平地らしき跡が数箇所に窺え、明確に土橋付き堀切遺構と判断出来る場所からが山上郭群となる。現状(11月)城跡は植林地とあって見通しは良いもので、地表は相当荒れてはいるが現存する遺構は全て判別確認可能な状態にある。山上郭はほぼ四郭から形成されるもので縄張り妙味には少し欠けるが、それぞれの規模も比較的大きく、山城としての見応えは充分感じられるものである。現在主郭には鉄塔が建っており、郭跡に多少の地形改変はあったとは思われるが、ほぼ削平地を転用したものの様にも見受けられる。主郭より西側斜面は土橋付き堀切を以って分断された形となっているが、これより中腹の小社までは斜面のみの地形となっている。

誉田城跡から西城、そしてこの山城と三城を同日訪ねた訳だが、この城塞群は竹田まで抜ける大きな街道からも相当外れた奥地に位置しており、当時の事情により敢えてこの様な場所を選択して築かれた様にも窺える、それにしても三城が独立しているとは言え、恐るべし城塞群である。この山城より西側の山上までは踏破はしていないが、恐らく山上に至るまでには郭の展開はあって然るべきだと思われる。

城跡を個人的に評価するのであれば、鉄塔の建つ郭跡以外はほぼ当時のままとも見受けられ、遺構残存度の高い城跡なので誉田城跡を訪れた際には、是非此方の山城にも立ち寄って頂きたいと思わせる城跡という事になる。

3 仮)上鴨阪城塞群概念図

3kami 城跡概念図

5tozanguti 登山口

14_horikiri_dobasi 東側土橋付き堀切見所

16_3maru 三の丸

19_2maru_yori_3maru_gawa 三の丸より主郭側

20_2maru_yori_shukaku 二の丸土塁壇より主郭切岸見所

23_shukaku 主郭

24_shukaku_nisigawa_1 主郭西側

26_horikiri_dobasi_1 西側土橋付き堀切

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