田原城跡(大阪府四條畷市)
大阪府四條畷市上田原にあって、この地区を東西に流れる二つの川の合流地点から西側にある丘陵上が城跡、田原氏の居城と伝わるが詳細は不明。
城跡へは国道168号から一般道701号へ進路変更、後はルート図の如く進み、月泉寺を過ぎれば川沿いの左手丘陵上部に田原城跡の看板が眼に留まるので、位置は直ぐ確認する事が出来る。更に川沿いを西に歩けば小さな小橋があるのでそれを渡れば直ぐに城域となる。
現状(11月)城跡のほとんどは竹林地及び雑木藪と化しているが、東西を分断する大堀切より東側にある主郭、二の丸はましな状態にある。反面西側は相当藪化も進行しており一部の郭跡は草木で覆われ、踏み入る隙間もない状況である。しかし複雑な遺構あるいは複雑な郭形状ではないので、縄張り全体像を掴むのは案外容易くなっている。
城跡は外見から判断するよりも意外に規模は大きく、山上は無駄なく郭群で占拠されており、判別確認出来る遺構としては郭跡、土塁、堀切、切岸跡などで大堀切などは深さもあり、残存状態も良い事から当時に近い状態を拝む事が出来る。縄張りも丘陵上限られた範囲の中で精一杯複雑に構成されており、中々楽しませてくれるが、現在の南側における農作地も、更に民家側も縄張りとして取り込んでいた様にも窺われる。西側は近年の宅地造成の為に削られた感があり、郭跡は一部消失している可能性はある。丘陵地である分、防御機能として全体的に郭切岸は高く、城跡の南北は天然の水堀(川)で守られており、戦国期の城跡らしく堅固さを前面に押し出した縄張りプランの様に見受けられる。
住宅地の中に位置することからも、残存遺構には余り期待はしていなかったが、残存度は意外に高く、更に遺構の見応えもある事から個人的には充分推奨に値する城跡の一つと言える。
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