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2008年11月15日 (土)

白ゴウ寺城跡(兵庫県丹波市)

先に、この城跡に関しては戦国期において僧が立て篭もった城跡とだけは想像が付くが、現状文献などで調べてはいるが、まだ名称及び詳細が分からぬままなので、今回のリポート掲載に置いては便宜上(仮)白ゴウ寺城とさせて頂く。ただ城跡遺構としては北山上に社殿が建立されてはいるが、ほぼ当時のままとも思える状態で遺構は残存しているので、見学する価値は充分ある様に感じられる。

城跡は兵庫県丹波市市島町白(ビャク)ゴウ寺にあって、国道175号を北上した場合、信号「東勅使」で一般道283号へ針路変更し寺院を目指す、到着後はルート図の如く東側の城跡のある方向へ歩けば、程なく南北を分断する堀切までは到達出来る。堀切道沿いにある小社からは、北と南へ郭跡は分かれているので好きな方から見て回ればよい。

寺院は戦国期においては城郭寺院とも見受けられるが、寺院の東を遮る形で位置する南北に長い低山の山上が城跡となっており、山の中央を堀切道(切り通し)が走り、南北に城跡は分かれて郭は配置されている、ここでは便宜上南城、北城とするがどちらも砦規模であり、縄張り形態においては両者は少し異なっている。城跡に技巧的な遺構は余り見当たらず、南城に堀切跡、空堀跡が窺える程度なので、お世辞にも見応えがあるとは言い難い。自然に任せた風化により状態は余り良くはないが、想像力を駆使すれば当時に思いを馳せる事は容易でもある。(個人的には規模の大小を問わず、人の手のほとんど入っていない山城は、想像力を掻き立てられるので楽しいが、、、)

形態としては寺院を谷筋の中央に置いた時、南側は天然の水堀(谷川)、背後は山に囲まれ更に前面となる東側は要塞の如し砦で固められ、前述の堀切道が唯一の出入り可能な大手道であった様に窺われる。これらから解る様に全体を見れば非常に優れた縄張りプランの城郭寺院の様に見受けられる。寺院内にも当時の面影を残した土塁、あるいは郭跡が現存しているので、それらも見逃してはならない遺構の一つと思われる。尚、寺院内の一角にはなぜか赤松円心の子である貞範の宝印塔が建っているが、これはこの地が赤松氏ゆかりの地であると考えるべきなのか? 現状ではまだ謎ではあるが見ておいても損にはならないだろう。

1route_1 登城ルート

3_2 城跡概念図

10_daihorikiri 中央の堀切

12_kitajyou_e_dankaku 北城へ

25_karabori_dobasi 北城堀切土橋

20_karabori_dorui 南城空堀土塁

35_shukaku_ooiwa 南城主郭壁

37_shukaku_nai 南城主郭

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