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2008年11月19日 (水)

坂井城跡(京都府船井郡)

new この城跡に関しては情報は無きに等しく、地図上でそれとなくめぼしき辺りに探りを入れていた処、丁度タイミング良く、和田城跡の訪問リポートでもコメントを頂いたS氏より、場所を特定する情報を提供して頂く事が出来、やっと訪問が叶い今回の現況報告となった訳である。

城跡は京都府船井郡京丹波町坂井にあって、和田城跡からは4km西へ移動した距離にあり、京阪神側から国道173号を北上した場合、角にローソンのある国道9号「和田」で左折、そのまま道任せに進み、井尻の信号を超えて「坂井」バス停に到達する手前の左の山が城跡にあたる。城跡へはバス停数十m手前の民家を目印とすれば、周辺どこからでも取り付き上れるが、一番分かり易いのは、民家背後の傾斜面を直接ルート図に示す様に上る方法で、これなら東削平地(郭跡と判断)から尾根沿いに上り、15分もあれば山上主郭までは辿り着く事が出来る。

現状(11月)城跡は藪化も風化も進んでおり、木々によって見通しは悪く、郭内も荒れ放題となっている。しかし移動に難渋する程の事は無く、ほぼ三郭で形成されるシンプルな構造である為、更に複雑な遺構も現存していないので、縄張りを把握するのは容易な状態と言える。城跡は余りにも普通過ぎて見所を探すのには苦労するが、強いて挙げれば山上郭群の外壁となる、切り立った切岸と言った処で、低山でありながら山上は非常に急峻で、切岸が下まで落ち込む様は中々迫力はある。恐らく地元の人も知らないと思われる楚々とした山城であるが、こうして自然風化されるがまま数百年の時を経てきたかと思うと、非常に感慨深いものがある。

山城巡りをする上で頻繁に使用する、国道9号線沿いの瑞穂地区には、東は豊田城から始まり橋爪、和田、井尻、鎌谷そして今回の坂井城と、小規模ではあるが本格的に築かれた城跡が数多く存在しており、非常に眼を楽しませてくれる。まだまだ歴史からも遠ざけられた城跡がこの辺りには密かに眠っている気もしないでもなく、これからも期待の持てる地域ではある。

1route1 登城ルート

5_1 城跡進入路

3sakai 城跡概念図

8_higasi_sizen_kaku 東郭(削平地)

13_nisi_yori_shukaku_heki 西郭より主郭切岸

15_nisi_2 西郭2

18_nisi_horikiri_2 18_nisi_horikiri_1 西側の堀切

最後に、情報を提供して頂いたS氏には非常に感謝しております、これからも良い物件があれば情報提供の程、よろしくお願い致します。

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コメント

坂井城に行かれたとの事、書き込みが参考になれば幸いです。非常に良くご存じなので余り参考になるようなことは無いとは思いますが、①京都の大戸城と紹介されていますのは、通常「東胡麻城」言われている城だと思います、「大戸城」はすぐ南側にあり登城道の途中に「鍛冶屋敷」と呼ばれる土塁囲みの遺構があります。②奈良の布施城には郭群の中央から南に分岐する郭群の先端に長さ30mを超える9本の竪掘群が見ごたえあります。③兵庫、佐用の「浅瀬山城」には書かれている通り主郭から西に延びる尾根の先に横堀を伴う郭群が存在します。また、上月城の西には「目高の築地」と呼ばれる長土塁と土塁囲みの陣城(?)遺構があります。以上思いつくままにお知らせします。

TAKUです、参考になる情報の提供有難うございました。布施城の南枝尾根にはやはり郭は展開されていたのですネ、更に其の先に縦堀群が形成されていたとは驚きでした。それにしても恐るべし規模を持った城跡だと言うことが改めて分かった次第です。今年中に行けるかどうか分かりませんが、機会があれば再訪するつもりでおります。

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