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2008年11月16日 (日)

仁木城跡(兵庫県篠山市)

new この城跡へは昨年一度、寺院から南尾根を直線的に伝う直登ルートを描いて上ったが、山頂を前にして夕暮れとなり、危険と判断して断腸の思いで下山した記憶がある。今回は別の直登ルートを想定して上ったが、結論から先に述べると山上主郭(仁入道山 標高546m)へ到達するまでに、明らかに遺構として判別可能である尾根上に点在する削平地、土橋、大堀切(縦堀)、土塁虎口、空堀道を確認する事が出来た。前回の南側直登ルートでは、山頂までに規模の大きい削平地を数箇所で窺う事が出来たが、堀切などの技巧を伴う遺構は見つけられなかったので、それから思えば今回は明確な遺構にも巡り合え、別ルートで遠回りに上った甲斐はあった。

城跡は篠山市福住にあって既にリポート掲載済である籾井城からは程近く、国道173号沿いにある如来寺を目指せば寺院までは分かり易く辿り着ける。登山口としては初回登山時に選んだ直登ルートが下山時においては中々元のルートで引き返すのが難しい事も分かり、今回はルート図に示す寺院より数十m北側にある民家先に、国道から直接進入出来る山道があるので、そこから山裾をかすめて砂防ダムまで向う、そこを少し過ぎれば非常に急勾配ではあるが、直線的に尾根まで上れる山道があるのでそれを利用して一気に先端尾根まで上る。少し遠回りにはなるが西側から南尾根上を伝い、尾根上に点在する縄張りの一部でもある削平地、あるいは前述の遺構群も確認しながら山上まで向えば、約50分で山上主郭までは到達出来る。これなら踏み跡も少し残っているルートなので、要所に自分なりの目印を付けて上れば、下山時も迷わず同じルートで戻れる筈である(距離があるので絶対に要所の目印は必要!)。

山上郭群は古い形態の山城跡とみえて、切岸処理の見られない単なる削平地跡でもあり、現状では限りなく自然地形に近いもので、道中に点在する削平地の方が余程郭跡らしく見えた、ここが城跡の最高所にあたる主郭とはおよそ思えないものでもある。しかしこれだけの高所に築き、ここに行き着くまでには無数の郭で防備されており、当時においてはこの程度の縄張りプランでも良かったのかもしれないが、、 

城跡最大の見所は山上に行き着くまでの長い直線的な土橋(両サイドは崖状急斜面)、更にそこから大堀切を通過して、直角に折れ曲がる上り土塁虎口に至るまでの遺構で、これらは他に見るべきものの無い城跡にとっては、一番迫力も伴う見応えのある遺構群だと言えるものである。結果的にはこれだけの為に時間を割いて上った事にはなったが、個人的には念願であった城跡全体像をほぼ掴む事も出来、更に古い形態の山城を肌で味わう事も出来、非常に満足の行く訪城と言えるものになった。

1route 登城ルート

5 寺院前にある説明版より

3niki 城跡概念図

12_kitahasi_30m_kaku_1 尾根北端の郭跡

19_dobasi_2 長い土橋見所

20_dai_tatebori_1 土橋から片堀切へ

24_dai_horikiri 大堀切見所

27_ore_koguti 横矢を伴う土塁虎口見所

30_sanjyou_kuruwa_gun 山上郭群

尚、ルート図に示す緑色の部分は個人的に郭跡と判断した削平地であるが、見る者によっては違って目に映るかもしれない。紫色の直登ルートは最短距離ではあるが(山頂到達手前までは30分)、下山時に自分の体験からルートを外れる危険性が高いので余りお薦め出来ない。山上に到達するまでは距離も相当あり、城跡としての遺構も少ないので最初から多くの期待は捨てて臨めば、意外に満足感は得られる山城と言える。案内板には仁木少輔入道が拠った城跡と付記されてあったが、かつての丹波守護であり壮大な山城を築いた、高見城主仁木氏との関係まで調べるには至ってはいない。しかしあの高見城跡とは規模及び完成度でも遥かに劣っており、比べるレベルには無いので過度な期待は禁物。

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