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2008年11月 5日 (水)

高龍寺城(京都府福知山市)

 十月における訪城を振返ってみると京都丹後方面の山城巡りが特に多かったが、中でも宮津八幡山城、山田城は遺構の見応え度、あるいは切岸の圧倒的迫力で特別印象に残った。今回は月の最後を飾るに相応しい超目玉と言うべく山城に巡り合えた(10/31訪問)ので一番鮮度の高い情報として早速リポート掲載に及んだ。

この山城は京都府福知山市報恩寺にあって既に訪問リポート済みである私市城跡の真西側に聳える標高195mの高龍寺山の山上が城跡である、ちなみに報恩寺城跡からは南側に位置している。内田氏の居城と聞くが詳細は不明

城跡へは府道74号を走り、私市円山古墳の手前から私市城跡をかすめる一般道492号へ進路変更、後はルート図の如く南部公民館の手前の道から左折して山道に入る、個人的には公民館に駐車して歩き、報恩寺城の前をかすめて直登山口まで向ったが、どちらにしても最終的には西奥にある農作業小屋で合流する事になる。車ではここまで来れるし路駐も可能である。農作業小屋からは山に向いて少し南へ歩けば右手にイノシシ捕獲用オリが見えてくるので、それを目印として左手側の斜面に取り付く、少し上ると踏み跡と共に赤いポールが数十mごとにあるので、それを確認しながら南側へ斜面を上れば山上東端の堀切まで15分内で到達する事が出来る(公民館から歩いても20分程度)。

とにかくこの山城の見所及び凄さは直立に切り立つ高い切岸、堀切(尾根分断)、空堀(本来の掘削したもの)に尽きる思われ、単独で聳える山容の為か、縄張り変化には富んではいないが圧倒される切岸、技巧を伴う堀切など遺構残存度の高さはずば抜けて高く、他のこの周辺にある山城を圧倒しているとも思われる。特に二の丸西側の堀切群には感動すら覚えてしまう。更に残存状態も比較的良い部類に入り、山上の半分以上が植林地となっている為に見通しも利き、下草及び木立も少ない方なので遺構の判別確認はし易く、縄張りを掴む事は容易に出来る状態でもある。基本的にはほぼ主要三郭から形成される城跡ではあるが、個々の郭面積が広い為に余計に巨大な城跡として捉えてしまう。

今回も前日の直登シュミレーション通りに、迷わず山上まで到達する事が出来た上に、城跡探索中は数々の遺構群にアドレナリンは出っ放しの状態で、期待を遥かに上回る山城にも巡り合えて、最高の一日を締めくくる事が出来た。

1route 登城ルート

8_tozanguti 直登進入口

3ko 城跡概念図

15_kita_dorui_horikiri_2 東側到達点の堀切土塁

16_heki 東郭切岸見所

23_3maru_yori_shukaku_heki 三の丸より主郭切岸

24_3maru_2 三の丸

26_shukaku 主郭

27_shukaku_sita_karabori_dobasi 二の丸空堀片土橋見所

28_2maru_yori_karabori_shukaku_heki 二の丸より空堀、主郭壁

35_nisikaku_sita_horikiri 西郭の堀切見所

44_higasi_saigedan_dorui 東最下段郭の土塁、空堀跡

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