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2008年11月26日 (水)

誉田城跡(兵庫県丹波市)

new 兵庫県丹波市市島町上鴨阪にあって、集落中央を流れる川の北西から東へ繋がる尾根上東先端までが城跡。別名、余田城跡とも呼ばれ、かつては余田氏の居城と伝わる。

城跡へは国道175号を篠山方面から北上する場合、市島町「八日市」の信号で282号へ左折し、ルート図の如くそのまま登山口となる宗福寺を目指せば難なく辿り着ける。寺院からは広い集合墓地の最奥最上段の墓地から山上までは、鉄塔巡視道が通じているので、それを利用すれば10分内で西側斜面に二重堀切を構えた、削平地である分岐地点に到達出来る。それより右に向えば鉄塔の建つ削平地(郭跡)を通過して誉田本郭群を目指す事が出来る。

現状(11月)城跡は植林地ともなっており、鉄塔の建つ削平地周辺以外は非常に状態が良く、現存する全ての遺構は判別確認可能な状態にある。縄張りとしては西から東まで堀切を挟みながら、郭を直線的に並べた単純な構造であるが、それぞれの郭規模は大きく、城域は東西尾根上に跨り全長400mに達するほどのものである。最大の見所は城跡全体における切岸を含む郭跡の状態の良さであり、郭壁面には下草も木立も少ない事から、まるで当時の削られたままの切岸が甦った様にも見受けられる、技巧さには少し欠けて全体的には大きいだけで大味な城跡ではあるが、この状態の良さが全てを消し去ってくれている。もちろん風化によって堀切などは少々埋もれてはいるが、当時に思いを馳せる事も容易であり、それほど当時の状態に近いと思える城跡なのである。

この城跡に遺された美しい郭切岸は、他では中々御目にかかれないものでもあり、一見の価値のあるものとみた!

尚、寺院側から上った山上分岐地点から左側に向いて移動した斜面には前述の二重堀切が遺されており、更に下ると大堀切(堀切道)が設けられている。一番低地となるここを越えて更に西側急斜面を登り切ると、ここでは便宜上誉田西城とするが、西山上にも広大な郭群が展開されている。西城のリポートは次で掲載の予定。

1route_2 登城ルート図

3yo 城跡概念図

14_sizenkaku_yori_3maru_heki_1 西削平地より三の丸切岸

16_3maru 三の丸奥土塁

20_3maru_yori_shukaku_gawa_1 三の丸より二の丸切岸見所

22_horikiri_heki_1 二の丸西堀切

23_2maru_yori_3maru 三の丸

24_2maru_yori_shukaku_heki 二の丸より主郭切岸見所

25_shukaku_1 主郭

37_bunki_nisi_2jyuu_horikiri 西端の二重堀切見所

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