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2008年11月 7日 (金)

北野城跡(京都府綾部市)

 京都府綾部市仁和町にあって諏訪神社のある独立した低山の山上から南西尾根上が城跡、別名志賀城とも呼ばれ志賀氏の居城と伝わるが詳細は不明。

城跡へは綾部市内より県道9号を北上、物部城跡(既に掲載済)のある東側川沿いの交差点から一般道490号に進路変更し、後はそのままルート図の如く目印となる諏訪神社を目指せば容易にそこまでは辿り着ける。神社に到着すればその背後、あるいは向って左手側の傾斜面をそのまま上り、北側に尾根上を進めば主郭までは五分程度で到達出来る。

尾根上には削平跡は窺えるがほぼ自然地形に近い郭跡が100m近く続き、それを過ぎればやっと城跡らしい土塁を伴う南郭に辿り着けるが、現状(10月)城跡は一面雑木藪と化しており、これからは木々の隙間を縫いながらの移動を余儀なくされる状況となる。それでも何とか動き回れる範囲内に置いては跡、高低差のある切岸跡、土塁、堀切などの、城跡を形成する遺構は何とか判別確認する事が出来た。縄張りもほぼ把握するまでには漕ぎ着けたが、密生する雑木の為に郭の距離感も掴み難く、郭形状も今回に置いては余り自信がない。ただ本郭部は基本的には三郭構造で成立しており、神社側に向いて直線的に長い尾根上郭が付随している事だけは分かった。当時は神社敷地まで(居館跡かも?)縄張りとして取り込まれ、その周辺には屋敷群が形成されていた様にも地形から見て取れるが、砦規模の小規模な城跡ではない事だけは確かである。

この城跡には諏訪神社が鎮座している事からも、志賀氏は物部城主である上原氏一族あるいはその傘下で動いていた武将とも考えられるが推察の域は出ない。

1route_3 登城ルート

4_2 城跡進入路

3si 城跡概念図

13_1

南側の長い削平地

15_dorui_kaku_1

南郭土塁

19_shukaku_heki 主郭切岸

088 二の丸

21_3maru_dorui 三の丸土塁

23_3maru_sita_horikiri_1 三の丸東堀切

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