塩貝城跡(京都府南丹市)
この城跡に関しては既に「大戸城跡」として7/15ブログに掲載したが、今回は呼称に間違いがあり訂正しなければならない事が判明した。結論として先に述べれば7/15掲載の「大戸城跡」は「東胡麻城跡」の誤りで、詳しい経過説明はコメントも含めて既に訂正し終えた、7/15掲載の「東胡麻城跡」ブログ中にあるので、それを改めて参照して頂きたい。実際の大戸城跡は東胡麻城跡の直ぐ西隣に聳える山の山上にあり、東胡麻城跡とは目と鼻の先の距離にある事も判明した。今回は前回の汚名を返上すべく、本来の大戸城跡を改めて訪問したので、ここに鮮度の高い城跡の現況報告を掲載する運びとなった。尚、案内板にもある様に掲載においての呼称は塩貝城跡(別名 大戸城)とした。
城跡は東胡麻城跡を起点にすれば分かり易く、ルート図の如く東胡麻城跡進入口の西側真反対に位置している大戸集落からが登山口となる。まず麓の地区公民館の敷地に車は駐車させてもらい、数100m北の写真にある白いポリタンクまで歩き、そこからは山側の民家手前左側の小屋付近に墓地が見えるが、そこからが道標も備わっており、山上に向いての登城口ともなる。この場所にはかつては城主であった塩貝氏の墓碑もあるので案外確認し易い。尚、公民館の前にも小さな道標があるが、地元の方の情報によれば「こちら側の山道は現在ではどの様な状態になっているのか分からない」との事なので、迷わず前述のルートを選んで上ることが賢明と思われる。(出郭である鍛冶屋敷跡までは15分内)
現状(11月)城跡は植林地でもあり町史跡ともあって、ある程度手入れされており、見学する分においてはこれ以上望めない(山城としては)良い状態にある。最初に到達する中腹に位置する出郭の鍛冶屋敷跡から山上主郭に至るまでの遺構は全て判別確認出来る状態でもあり、当時の戦国期山城を遺構も含めて、思う存分堪能する事が出来る状態でもある。城域も案外広く登城ルートから少し外れると、北側先端の尾根上まで縄張りとして広大な削平地が広がっているのが分かる。城跡の見所は残存状態の良さも含めた郭壁面を覆う美しい切岸、技巧を伴う堀切、出郭の食い違いに見える虎口土塁跡などが真っ先に挙げられが、中でも主郭北斜面上における数本の堀切群は城跡最大の見所と言えるものである。
山城も定期的に手入れを行えば、この状態にまで保持されるといった見本の様な城跡でもあり、東に隣接する東胡麻城跡と並び、残存状態は非常に高いレベルにあるので、是非訪問をお薦め出来る山城の一つに数えられる。













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