« 北畠具親城跡(三重県名張市) | トップページ | 烏帽子形城跡(大阪府河内長野市) »

2008年10月 4日 (土)

吉原氏城跡(三重県名張市)

三重県名張市吉原にあって先に訪問した北畠城跡からはルート図の如く車で数分足らずの距離にあり薬師寺の東向かいの丘陵上が城跡、国司でもある北畠氏の傘下に入る吉原氏の居城と伝わるが信長による伊賀の乱に置いては討ち死にした模様。

城跡は集落の入り口にあたる無住の薬師寺下の駐車可能な空き地に案内板もあり分かり易い。ただ道順は記されて無いので直登となるが、進入経路としては南側に少し歩き小さな橋を渡り水田の畦道から竹林地に向いて上ればどの地点からでも山上主郭まで辿り着けそうである。結果的には城跡南端に堀切道が備わっていたので南から小川沿いに大回りして堀切を登れば主郭にはすぐ到達出来たのかも知れない。

城跡へは竹林地より直登し主郭周りの郭跡にはすぐに辿り着いたが現状(六月)荒れ放題の竹林雑木地帯と化しており更に地表の風化も激しく堆積物によって郭段差などは曖昧で構造も非常に判別し辛い状態にある。それでも竹林と格闘しながらそれなりの概略図(敢えて縄張り図とは呼ばない)を作成するまでには漕ぎ着けたが今回に限っては余り自信がない、それほど切岸などは曖昧でどこからが郭跡なのか推察するしか手がない状態なのである。しかし空堀、堀切、土塁など明確に判別出来る遺構もあり、堀切を挟んだ北側の郭群は随分ましな状態でもあり一安心ではあった。

全体像を見る限りでは縄張り妙味も含めて城跡としての完成度は相当なものである思える、外見からは雑木に覆われて判断出来ないが麓から重なり合い山上まで連なる郭群はまるで要塞の如く相当な見応えのあるものである

この風化を促進させている竹林雑木林さえなければ素晴らしいを何回でも連呼するところなのだが、やはりこの状態ではそう言う訳にも行かない。主郭周りに限れば数年もすればほぼ自然と一体化しているのは必定であるとも思われ、訪問時期は夏季を外せば早いほど良いとも考えられる。

1route_1x 登城ルート

5 薬師寺上から望む城跡

3_2 城跡概念図

18_shukaku_nai 主郭

19_shukakunai_dorui 主郭土塁

12 西側郭跡

28_hokutou_dankaku 北東段郭群

24_shukaku_kita_karabori_1 主郭北空堀

22_higasi_karabori 主郭東空堀

« 北畠具親城跡(三重県名張市) | トップページ | 烏帽子形城跡(大阪府河内長野市) »

三重県の山城跡」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1070646/24125979

この記事へのトラックバック一覧です: 吉原氏城跡(三重県名張市):

« 北畠具親城跡(三重県名張市) | トップページ | 烏帽子形城跡(大阪府河内長野市) »

無料ブログはココログ