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2008年10月22日 (水)

有吉城跡(京都府与謝郡)

new 京都府与謝郡加悦町算所にあって加悦中学校の真北背後に位置する安良山が城跡、別名加悦城あるいは安良山城とも呼ばれているが、ここでは山上の石碑に「有吉」と彫ってあったので有吉城とさせてもらう。石川氏の居城と伝わるが当時丹後地方を勢力下に置いていた一色氏の重臣であるらしい。

城跡へは国道176号を北上した場合古墳公園を少し過ぎて626号へ左折、後は直進して算所の北側中心部に入る。山上へは数通りのルートがあるらしいが、前日のシュミレーション通りとなる城跡より東側麓にある天理教分教会向かいの山道(大規模な集合墓地参拝道)から墓地に向かう、そのまま墓地の最高所であり最奥から東端尾根に残る踏み跡っを辿れば15分程度で山上主郭までは辿り着ける。偶然ではあるがこのルートでは東端の郭跡までには墓地の最奥を登り切ればすぐでもあり、そこから更に西側に向いて上って行けば尾根上の郭跡は全て確認出来る運びとなるので見て回る効率は非常に良い。

現状(10月)城跡は予想通り雑木は蔓延り生い茂り、倒木は多く荒れ放題の様相を呈しているが、幸いにも視認に難渋するまでには至っておらず、山上における遺構はほぼ判別確認可能と言える状態にはある。欲を言えば切がないが思っていたよりもましな状態であったので一安心ではある、事前情報から一色氏の城跡だと聞いていたのでかなり期待をして赴いたが、やはり結果的には期待を裏切られる事は無かった。個人的に最大となる見所を一つ挙げるとすれば主郭(二郭)を形成する切岸で、状態も比較的良いがその高低差は10m以上はありそう、周囲は全てそそり立つ切岸斜面に覆われている。当時はもっと直立した状態も想像されるが、それにしても凄すぎる切岸である。

地形図から推察すれば城域は四方に広がる尾根上の末端部、更には現在の広大な墓地一帯までをも取り込んでいた様にも見受けられ、未踏に終わったこれらの地域を除いたとしても、その規模は相当大きく城域も広く、更に縄張り妙味も加わり、流石に丹後地方でも有数と呼ばれる大名クラスの山城である。

1route_2 登城ルート

4 城跡遠望

6tozanguti 進入口

2_3ari 城跡概念図

11_higasi_kaku2_1 東郭2

14_higasikaku2_tatebori 東郭1の切岸、縦堀

19_shukaku_minami_heki_1 主郭南側切岸

19_shukaku 山上主郭

21_kita_ygura_1 主郭北下の櫓台土塁

24_nisi_kaku_1 広大な西郭

26_demaru 西郭斜面下の出郭と土橋

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