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2008年10月14日 (火)

妙楽寺城跡(兵庫県豊岡市)

兵庫県豊岡市妙楽寺にあってJR豊岡駅からは真南に位置し但馬文教府とは同じ丘陵上にある城跡、山名氏の居城と聞くが城史に関しての詳細は不明

城跡へは市内からルート図の如く但馬文教府を目指せば分かり易く、文教府の北裏手からすぐ城域となるが建物を抜けなければならないので駐車場のある福祥寺の墓地から背後の山上主郭を目指す。現状(九月)山上には小社及び石仏群が幾つもあり山道を辿ればほぼ城跡全体を快適に見て回れる状態となっている。

城跡は全域が寺院の一部になっており戦国期より後に置いてどこまでの地形改変があったのかは察するしかないが、城跡を一言で語るとすれば「縄張り妙味にも富み丘陵地にありながら高低差のある切岸を以って人を寄せ付けず、膨大な土木量で丘陵を削り出して築かれた城域の広い凄い城跡」と言う事になる。

但馬地方の山城の特徴でもある主郭となるべく郭跡が居館跡としても相応しい規模でもあり丘陵上の東西に渡って広大な規模を所有している。更に文教府のある南側にも郭跡は展開されており、二の丸に相当する規模の大きな郭跡を挟んで尾根上は満遍なく南郭群で占められている。未踏ではあるが西側尾根更に東側尾根辺りにも当然縄張りは広がっている様にも推察される、それほど地理的にも余裕があり想像と期待を持たせてくれる城跡なのである。恐らく文教府の敷地も本来は郭跡の様にも窺われ本殿のある寺院敷地及び墓地までをも城域として取り込んでいた可能性も見受けられる。細部に目を配れば土塁、堀切、山上社周りの空堀と当時に思いを馳せることの出来る遺構も多く、決して見る者を飽きさせない山城でもある。

1route 登城ルート

3myo 城跡概念図

7_sanjyou_yasiro_nisi_1 山上郭東側

9_yasiro_karabori 社周りの空堀

11_sanjyou_nisigawa_2 山上郭西側

15_yasiro_kaku 西社のある郭、土塁

21_minami_kaku_heki 南郭切岸

26_minami_saidai_kaku 南郭群

30 二の丸堀切

尚、先に掲載済みでもある高屋城跡もすぐ北側数分の距離にあるので二城同日訪問によって効率よく見て回れる様に思われる。豊岡市内及び駅からもほど近く、手軽に行けて戦国期の遺構も数多く残存していると見受けられるので豊岡に立ち寄った際には決して見逃してはいけない!

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