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2008年10月18日 (土)

伊賀丸山城跡(三重県伊賀市)

三重県伊賀市下神戸にあって近鉄伊賀線丸山駅より川を隔てて南東に位置する丸山の山上が城跡、天正伊賀の乱で有名となった城跡で織田信雄が築城と伝わる

城跡へは名阪国道「上野東」ICで降り国道422号で南下、丸山駅を越えて更に橋を渡り消防署で左手に折れる、後はルート図の如く進み案内道標は無いが民家横より登山道が山上まで通じているので、それに従えば尾根上の郭跡までは10分もあれば辿り着ける。

現状(12月)城跡は冬季ともあって落葉は多いが下草も少なく、山上全域を占める郭群に限って言えば、残存状態も見通しも良く遺構の判別確認は容易に出来る状態にある。城を形成するべく技巧的な遺構は全て備わっており、更に縄張り妙味も加わり城跡全体を飽きることなく観て回る事が出来る、広大な主郭には小型ではあるが土塁で囲まれた櫓台(天守台)も備わり、別に虎口を監視する櫓台までも設けられており、土塁城でありながらも石垣城の様相を呈している。見所を挙げるとすると天守櫓台周りを筆頭に主郭東虎口横の大土塁を伴う二重空堀、更には堀切を挟んで整然と並んだ北郭群になるが、どれも切岸の状態が良く当時を思い起こすに充分な遺構群であると言える。

1 登城ルート

3z 城跡概念図

山上郭群以外では登山道中に段郭群を確認する事が出来たが、上るにつれて雑木も密生しているので斜面上は郭跡の存在を外見から確認するのみで終わり、主郭より麓民家に繋がる南枝尾根上にも郭の展開は予想されたがこちらは踏破は断念する。

城跡は流石に織田の関わっただけに立地環境を含めた縄張りプランが素晴らしく膨大な土木量で本格的に築き上げられており、見るものに少なからず感動を与えてくれるものである。未踏地の部分を含めなくとも城域は相当な規模でもあり、やはり「伊賀随一の城」と言う名に相応しい事を改めて実感する事が出来た。

20_one_horikiri_1 尾根上の郭跡

28_nisi_demaru 西出郭群

34_tenshu_minami_gedan 天守櫓台と虎口郭

42_tenshu_higasi_heki 天守台東切岸

43_shukaku_nai 主郭

47_2jyuu_dorui 二重空堀土塁

56_kita_demaru_e 北郭群

48_2jyuu_karabori_2 東虎口空堀

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