国分寺城跡(兵庫県豊岡市)
兵庫県豊岡市日高町国分寺にあって祢布城跡からは国道312号の高架下を潜り、東へ移動した但馬国分寺跡の北に位置する小山の山上が城跡、大坪氏の居城と伝わり秀吉の但馬侵攻により落城の歴史あり
城跡へはルート図の如く祢布城跡を起点にすればまず但馬国分寺跡を目指し、更に北側の住宅地の中にある(現)国分寺脇の道から真っ直ぐ北側に向いて売布神社を目指して上る。案内道標が設置されていないので分かり難いがそこからは畑の中を通り竹林の中の山道を北に向いて上ると城域と感じられる堀切に到達する。
もちろんここが城跡を東西に二分している大堀切なのだが右手(東側)には相当高低差のある切岸が既に目に入っている、しかし現状(九月)主郭群は一面雑木と竹薮で覆われており薄暗くしかも藪蚊の大群が押し寄せて来る、更には移動するにも難渋を極めるが空堀を挟んだ南北にある櫓台と見受けられる郭跡及びその周辺までの遺構は何とか判別確認をする事が出来た。堀切から西側には西郭と呼べる郭跡もありその北側にも深さのある堀切が設けられており、更に北側に向いても郭跡の様に見受けられた。地形から察しても更に北東側あるいは南側尾根に向けても郭は展開されていると推察されるが、全域が密生する雑木竹薮となっているこの状態ではとても踏み入る事もましてや遺構の判別確認などは至難の技とも思える。
結果的には全域踏破は断念したが、現状見る限りにおいては縄張り妙味もあり非常に技巧的な城跡だと自分の目には映った。未踏箇所にどれだけの遺構を残したのかは察しが付かないが、この場に及んで推察される技巧的な遺構群を残して立ち去るのは非常に無念の限りである。恐らく竹林が伐採されるまでは全域踏破は間違いなく無理であると思われる。










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