« 行永城跡(京都府舞鶴市) | トップページ | 滝山城跡(兵庫県神戸市) »

2008年10月30日 (木)

飯盛山城跡(大阪府大東市)

大阪府大東市北条にあって市内から東側に聳える飯盛山(標高314m)の山上全域が城跡、歴史の中では多数城主は交代しているらしいが戦国期に置いては一帯を勢力下に置いた三好氏の本城として有名。

城跡へは数通りの登山方法があるが、純粋に山登りを楽しむ為に麓の神社から上る登山客も多いようである(個人的には初回登山は麓から登山道で上った)。楽をするなら車で大阪市内から向えば、阪奈道路(県道8号)を上り途中から北側に位置する楠公寺を目指せば郭跡まで直接乗り付ける事が出来る。寺院は本来馬場跡とされる場所で駐車可能、ここを起点とすれば南側千畳敷きから北端の城跡碑のある郭跡まで満遍なく見て回る事が出来る。

現状(一月)城跡は冬季とあってか全域にかけて落葉しており、見通しは非常に良く、一部下草も蔓延ってはいるが遺構の判別確認は容易に出来る状態にある。大阪市内からも近く登山も楽しめる山城である為に、既に訪問された方も多いと思われるのでここでは割愛したリポートにさせて頂くが、この山城は南北尾根上はすべて郭によって埋め尽くされており全体を把握するには距離も歩くが時間も相当掛かる、至る所で石垣跡も確認出来、本来古くから成立している城跡であるが三好氏の時代にかなり改修されたと思われる。見所も多く縄張りはもちろんの事、石垣跡、深い堀切、土塁、高低差のある切岸など山城としての魅力は全て兼ね備わっている見てよいだろう。自身で歩き回った結果として作成した概念図は全て確認した遺構であるが、描ききれていない南側にも更に郭跡は展開されており、未踏とはなったが西枝尾根上にも縄張りは広がっているようにも察せられた。

山上からは市内はほぼ全域、大阪湾まで一望の下にあり、何度訪れても見飽きない戦国期遺構の素晴らしさはもちろんであるが素晴らしいロケーションも誇っている、近畿圏でも有数の山城であると断言出来る!(数年後に再び訪れている自分が想像出来る)

1 登城ルート

4a 城跡概念図

10 遊歩道沿いにある石垣跡

17_higasi_3gedan_isi_3 東郭群の石垣跡

32_gotaituka_sita_horikiri_1 大堀切

36_2kaku 郭跡

55_kurayasiki 蔵屋敷跡から主郭展望所

65_takayagura 高矢倉切岸

66_takayagura_nai 高矢倉

67_takayagura_sita_horikiri 高矢倉南大堀切

79_senjyoujiki_minami 千畳敷き南郭

82_minami_hasi_kaku 南郭群土塁

« 行永城跡(京都府舞鶴市) | トップページ | 滝山城跡(兵庫県神戸市) »

大阪府の山城跡」カテゴリの記事

コメント

 何とまぁ、マイナーな山城にこんな凝った方がおられたとは驚きです。
 飯盛山城はマイナーでは無く、メジャーな山城ですが、どの山城にコメントを入れようかと迷ったのですが、代表で身近な飯盛山城にしました。
 図の三本松郭の東下方に、芥川山城の大石垣と良く似た素敵な大石垣があります。

 絵図も素晴らしいですね。描き上げるのに、相当な時間を費やされたものと思います。
 私も訪城したら、レポートと共に絵図を描いているのですが、すくに描ける山城と、仕上げるのに悶々とする山城があります。殆どが悶々ですが・・

 これから、紹介されている素敵な山城をゆっくりと拝見します。「嬉しい」の一言です。

 明日は、和泉国の蛇谷城へ登る予定です。
あっ、私はハードロックは苦手です。
  
            河内在 山城甚伍 

  甚の山城日記  yahooブログ
続・甚の山城日記  ココログ

TAKUです、私も奈良県の山城巡りにおいては山城氏の情報を頼りにして転戦して来ました。
お陰で主戦地を兵庫から京都に置き、奈良には疎かった私も、この地方に出かけるのには抵抗もなくなり、多少道路の繋がりも分かるようになって来ました。
同じ山城を心から愛するものとしては、ブログ読者の方々、あるいはブログをきっかけとして新しく山城の魅力に取り付かれた方の為に、これからも山城の良さ醍醐味なりをリアルに発信して行き、山城巡りを新しく趣味とされる同胞を一人でも多く増やして行ければと思っております。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 飯盛山城跡(大阪府大東市):

« 行永城跡(京都府舞鶴市) | トップページ | 滝山城跡(兵庫県神戸市) »

無料ブログはココログ