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2008年9月 4日 (木)

神吉城跡(京都府南丹市)

この城跡に関しては8/3記載の訪問リポートで中途半端で終わる形となっていたが、読者の方から新情報を提供して頂き「本来の城跡は反対(南)側の山に存在する」と言った内容でもあり、今回改めて本来の神吉城とされる山城を訪ねる運びとなった。

地元の畑仕事をしていた古老に城跡について訪ねた処「ここは明智の城と伝わるが登っても何も残ってないよ」と言った回答で、何も無くてもこの話が本当なら戦国期の城跡であると推察出来少し期待を膨らませながら峠沿いの墓地を目指す。峠には堀切でもあるが切通しになっており、ここから東側尾根を登っていくと既に城域と見受けられ途中削平された自然地形に近い広い郭跡を通り山頂主郭までは難なく辿り着けた。

城跡はほぼ単郭構造の主郭を山上に置き東西枝尾根に自然地形に近い郭群を張り巡らしており、主郭のみに周囲を囲む土塁が残っており方形櫓台構造物まで備わっている。規模は砦程度で小さく、とても古老の言っていた明智の城を鵜呑みする訳にはいかないものである、古くから存在していた城跡を明智が改修したのかも知れないが、個人的には誰の城であろうがここに城跡が存在している事実が重要な事で、この悪くない状態から察すればやはり戦国期まで機能していた城跡の様にも窺える。

この地方の歴史書物には目を通していないので、ほぼ勝手な推察にはなるが8/3記載の幻とも思える神吉地区にある巨大山城(情報、コメントを頂戴出来れば有難い)に対しての向城あるいは陣城の可能性も否定出来ないのではないだろうか。本来(文献上)の神吉城はここで間違いないとは思われるが、個人的にはこの山城を神吉城と断定する裏付けとなる資料も文献類も持ち合わせていないので、素人レベルの判定ではあるが一応推定とさせてもらう。幻で終わりそうな神吉巨大山城と同様に、この山城に辿り着いた者のみが城跡を知り得る事になるので、そこで見たままの状態を個人が推察判断すればロマンに浸れてそれでも良いのではと思うのである。

1route_2 登城ルート

6 公民館付近より遠望

3k1 城跡概念図

9 峠の尾根分岐地点

11_horikiri 峠の堀切

16_kaku_1 西郭跡

24_shukaku_dorui 主郭周囲の土塁

26_shukaku_minami_1 主郭南側

25_shukaku_dorui 主郭土塁虎口か

25_shukaku 主郭内

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コメント

丹波の渡辺です。渋坂峠の神吉城登城ご苦労様でした。神吉城の説明では、明智源七郎の出張後と記載してあります。おそらく、明智光秀が、八木攻略中に宇津方面からの内藤氏に対する援軍を阻止又は、監視するために一時的に作った陣城と考えます。記載文献は「丹波誌桑田記」。先回のコメントに追記させて頂きました。向かいの山は、外見からみて山城と思いますが、丹波での文献や遺跡地図には、記載が未だありませんでした。ただ、応仁の乱以降、たびたび京都から将軍や細川氏が神吉に逃れてきていることは、文献では知られているようです(長享年後畿内兵乱記)。

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