止々呂美城跡(大阪府箕面市)
大阪府箕面市止々呂美にあって集落の南側の突き出した丘陵上が城跡、かつては宮山としての神社跡がある。馬場氏の居城と伝わるが詳細は不明
城跡は国道423号より川を隔てた東側にあって新設の箕面道路の料金所の北側に位置している。集落を南北に走る道路の際が既に高い切岸となっているので確認はし易い、北側の集落から参道が通じているのでそれに従えば数分で辿り着ける。
参道から最初に辿り着く主郭跡にはかつては神社跡らしく古い石垣跡(当時の石垣かも知れない)が鳥居傍にあり、規模の大きい郭内は風化によって相当地表は荒れ放題で凸凹はしているが土塁跡の高まりが見て取れる。主郭の東側には相当な規模を持つ二の丸跡があるが現在は休耕地と見られ平坦な荒地と化している、しかし見る者にとっては見通しが良いので非常に助かる。二の丸を形成する北側壁には古びた石垣が数10mに渡って築かれているが当時の遺構かどうかは判別し辛い、更に東側は一部竹林になっているが小高い物見(櫓台)と見受けられる大土塁まで数段の郭跡が連なっている。この郭群の段壁には随所に古い石垣跡が顔を覗かせており数mも掘り下げれば高い石垣跡が現れてくる様にも窺われる。この東郭周辺は一見ただの竹林地に見え見過ごされ易いが絶対に見逃してはいけない、単純な平坦地である主郭より遥かに凝縮された遺構が詰まっているのだ。
虎口を形成する石垣(古い積み方)
東郭の石垣跡見所
城跡は冬季のせいもあるが全体を通して見て回りやすい状態になっており縄張りも摑み易く(非常にシンプル)一見主郭と副郭だけに見える城跡も東側山裾には当時の築城プランが見え隠れしている縄張りが施されてある。見る者にとっては城域もせまく見応えのある山城とは言い難いが細部にまで眼を凝らせば充分に満足感は得られる城跡と言える。
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コメント
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止々呂美城の東郭の下に高速道路が通るそうで発掘調査をしてますね。
図の東郭から土橋状の尾根を渡ったあたりまで木が伐採されてました。
今日、工事してる人に声をかけて入れてもらいましたが、土橋渡った辺りに縦堀らしきものがありました。
これもそのうちになくなるのでしょうね・・・。
投稿: P-IGOR | 2011年11月17日 (木) 21時00分
TAKUです、情報有難う御座いました。
そうなのですか、、、発掘調査まで行われているのであれば、自ずと新たな城跡遺構にも期待したいところですね、更にここを高速道路が通るとなれば、非常に交通の便も良くなり、当然地元周辺の活性化は約束されたものと考えられますが、遺構の一部でも欠ければ、城跡としての値打ちはずっと下がるとものと考えられますので、少し残念な気はします。取り合えず複雑な気分と言った処でしょうか、、、
投稿: TAKU | 2011年11月17日 (木) 22時48分
初めてコメントします。いつも興味深く読ませてもらっています。
今まで止々呂美城の名前だけは知っていたのですが、止々呂美のどの辺にあるのか分かりませんでした。しかし、このブログのおかげでようやく現地にたどり着くことができ、止々呂美城の謎に迫ることが出来ました。
詳しい情報提供ありがとうございました。
投稿: 麻田陣屋 | 2014年7月 1日 (火) 00時43分
TAKUです、麻田陣屋さんコメント拝見させて頂きました、お役に立てて非常に嬉しく思っている次第です。
ただ残念な事に城跡の背後尾根は現在道路造成工事の為に、相当地形改変中にあり、当時の遺構の一部は消失した可能性があります。とは言っても一番肝心な主郭部に関しては、余り手が加えられていないので、ある意味楽しんで来られたのではないかと思っているのですが、、、
投稿: TAKU | 2014年7月 1日 (火) 19時01分