« 福地城跡(兵庫県西脇市) | トップページ | 高山城跡(大阪府豊能郡) »

2008年8月13日 (水)

宍人城跡(京都府南丹市)

京都府南丹市園部町宍人にあって集落中心を流れる園部川の西側に位置する丘陵地上が城跡、15世紀頃の小畠氏の居城を伝えるがその後についての詳細は不明。

城跡へは園部川沿いを走る453号から川を隔てた西側集落に進入する、多少道路も狭いが地域のグラウンド場と公民館を目印にすれば難なく辿り着ける。公民館の前を通り山に入る道があるのでそれに従うとそのまま城跡となる。

1z_2

登城ルート

S_92

東より遠望

Zz

城跡概念図

この城跡は歴史文献及び近年の城跡ブームによる定期新刊書、城郭雑誌等のどれにもほとんど採り上げられないでいる(ネット上では紹介されている)。この城跡を館跡程度に考えておられる人の為に敢えて紹介させてもらうが、居館跡と断言できるのは北側にある方形状の郭跡で、他の規模の大きい郭跡は当時では斬新である土塁に横矢構造を用い空堀と併用して更に防備を堅固にしたり武者溜りの様な空堀施設があったり独立した段郭があったりと山城に近い城跡そのものと言える構造物ばかりである。全体を通しての縄張り妙味には尽きることが無く、ただ広いだけの城跡ではない事が良く分かる。規模自体も近畿圏内では見ることが出来ないほどの驚愕に値する広大な郭占有面積を持っており、時代と共に改修されたとも見受けられる土塁と空堀を駆使した先進性に富んだ館城的な城跡と言えるものである

二年ぶりとなる二回目の訪問になるが、うねうねした土塁と空堀、延々と続く郭跡が脳裏に焼き付いており再び感動を味わうべく当地を訪れる事になった。現状城跡は(最新の情報)八月にも拘らず植林地ということもあってか下草も無く、前回は蔓延っていた雑木も刈られ、尚且つ杉の間引きも行われた後と見えて非常に見通しも良くて明るく、数々の遺構は全て露見している。特に前回は藪蚊にも悩まされ北側を探索していなかったのが唯一の心残りで今回は思う存分に歩き回れそうな状態である。

主要な郭跡の北側にある丘上地には周囲を土塁で囲み空堀まで伴った方形館跡が存在しており、期待していた以上のものに出くわし興奮を抑え切れない状況である。他の郭跡と同様に風化によって地表は荒れ放題で土塁も空堀も状態は悪いが明確に判別は出来る。規模も大きく土塁の使い方、馬出しに見える土塁囲みの郭跡などは織豊系に見えなくもないものである。城跡は広大な台地の中に五城に匹敵する郭跡が堀切(空堀)を挟んで形成されているが、とにかく見所満載で細かく言葉では説明し難いので願わくば縄張り概略図を参考にイメージを膨らませてもらうと有難い。これを見てまだ未訪の方には少しでも訪問のきっかけとなり、又その後には同じ感動を共有出来れば更に喜びも大きいと言うもの。

S_89 城跡進入口

S_2 土塁空堀

S_16 土塁空堀の奥横矢見所

S_59_2 空堀武者溜り見所

S_83 東側切岸

S_71 大堀切見所

S_12

空堀と土橋見所

S_66

堀切より北側郭跡

S_73二段郭跡(東最高所)

S_35北方形館跡

S_28

方形館外周の空堀土塁

« 福地城跡(兵庫県西脇市) | トップページ | 高山城跡(大阪府豊能郡) »

京都府の山城跡」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1070646/22940988

この記事へのトラックバック一覧です: 宍人城跡(京都府南丹市):

« 福地城跡(兵庫県西脇市) | トップページ | 高山城跡(大阪府豊能郡) »

無料ブログはココログ