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2008年8月 5日 (火)

桑原城(兵庫県三田市)

兵庫県三田市桑原にあって三田駅からは一キロ程度東に位置する低い台形状の山の山上部全域が城跡

城跡の歴史は古く南北朝期において赤松氏の築城によるもので別名大浪山城とも言う。その後室町期において桑原氏の在城を伝えるが詳細は不明、ただ訪問して感じる事は石垣跡、土塁の横矢構造などから窺われる様にかなり先進性に富んでおり時代と共に少しずつ改修を受けてきた城跡の様に見受けられる。ただ石垣を多用とする赤松氏の城跡だけに石垣跡はその時代に築かれたものかも知れない。1route2

城跡は桑原集落の北側に位置しており感神社を目指しそのまま背後から登ると広いグラウンド場に到達する(他にも道はあるが車は途中から通行止めになっているので敢えて分かり易いこちらを推薦する)、その北側の山の山上部が城跡である。本来はこのグラウンド場もかつての郭跡を転用造成したものに見えなくも無いがその背後を登るとすぐ郭跡となる。4 3z

城跡概念図

見逃してはならないのが南郭跡に辿り着く手前の虎口跡と見受けられる箇所に笹藪の中から見え隠れする石垣跡で、幅は5m程度のものが残存している。三田周辺では珍しい石垣遺構であるがこれは土塁跡にも随所に石垣痕として目に留まるものなので注意深く探索する事が必要である。縄張りとしては広い山上をほぼ四区画に仕切り郭間は堀切(空堀)及び土塁で断ち、郭それぞれに独立性を持たせた構造となっている。その高さのある仕切り土塁は空堀も伴い横矢も備わっているものでここに城跡の先進性も充分窺う事が出来る。規模の大きい主郭には少し変形ではあるが高さのある櫓台も備わり城跡の迫力に色を添えている。現状訪問したのが三月という事も手伝って藪化はしているが樹木が枯れて少し見通しも良く、登ってきた笹藪地の南側を除いてはほぼ遺構の判別確認は出来る状態である。お陰で残存度抜群の遺構群はほぼ確認出来この山城の素晴らしさも同時に堪能する事が出来、この地域にもまだこの様な素晴らしい城跡が残っている事も再認識させられた結果となった。11_isigaki_1 11_isigaki

石垣跡見所

15_daihorikiri_2主郭南の大堀切見所

20_shukaku_minami_ygura_1 主郭南櫓台

37_naka_kaku 中の郭

27_nakakaku_sikiri_dorui_1

中の郭仕切り土塁、空堀見所

28_sikiri_karabori 北郭側仕切り土塁、空堀

46_kitakaku_yori_sikiri_dorui_2 北郭

訪問時期は冬季がベストであるが夏季(6月~9月)さえ外せば何とか全貌は摑める状態にあると判断する。

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兵庫(三田~播磨地方)の山城」カテゴリの記事

コメント

いつも楽しく拝見させていただいています。
加茂小山城以来の投稿になります。

先日桑原城を訪れたのですが、昨年桑原城の裾にあった廃グラウンド跡は、現在太陽光発電所になっていて、全山立入禁止の看板もあり、城の位置を把握し登城するのに多少苦労することになりました。

ただし城の遺構については全くそのままであり、当時の様子が素晴らしい状態で残っていました。

以上、現状報告ということでコメントをさせていただきました。

テルフィーさん、情報有難うございました。
あのグラウンド場は既に発電施設となっていましたか、、、何れ再訪する予定のある城跡の一つですが、三田ではほぼ完存に近い遺構残存度抜群の城跡だけに、遺構はそのまま残っていると聞き、取り敢えず安堵した次第です。
テルフィーさんのお陰で、再びPCから桑原城のファイルを取り出して、当時の記憶を辿っているところですが、あの陣城の如き先進性のある縄張りは、その規模もさる事ながら、中々見応えのある城郭遺構でした。
三田経由で播磨地方を訪れる時は、真っ先に立ち寄ってみたいと思います。

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