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2008年7月26日 (土)

山家甲ヶ峯城跡(京都府綾部市)

京都府綾部市広瀬の集落にあっては南西側に突き出した尾根上に城跡はある

古くは和久氏の居城であるが丹波を平定した明智光秀の廃城令に叛いた為に滅亡、その後秀吉により美濃から谷氏が封ぜられ、後に麓に陣屋を構え幕末までに至っている。その時点においては山上郭は既に用を足すまでに至っていなかったと思われる。

城跡へは京都側から車で向かった場合、陣屋跡を目指して国道27号線より北側に右折する事になるが案内看板が見えた時点では既に行き過ぎており、行き過ぎた場合も再度右折出来るがこの道は相当遠回りになるので注意が必要。陣屋跡に到着すれば伊也神社より登山道が山上まで通じているので15分もあれば辿り着く事が出来る。

現状城跡は地表は相当荒れているが見通しも案外良く、藪化もしておらず快適に見て回れる状態で残存遺構は全て明確に判別出来る状態にある。特に主郭を挟んだ形にある二本の堀切は良い状態のものを拝む事が出来、主郭切岸と帯郭の切岸に至っては築城時に近いとも思えるこれ以上無い美しい姿を留めている。主郭は規模も大きく佐衛門屋敷跡となっているので当時の城主である和久佐衛門の居館跡ではないだろうか、主郭より北側に向いては物見に見える櫓台跡を通り北出郭と呼ぶべき規模の大きな郭跡に辿り着く。ここは少々藪化しているが切岸、虎口を形成する土塁は中々良い状態のものを拝む事が出来、是非見逃して欲しくない遺構である。

この城跡は城域が余り広くない為に全体像は摑み易く残存状態も良く、更に残存遺構の見応えもあり縄張り妙味も含めてこれ以上は望めないと言った処で、数百年の時を経ても未だ尚美しい切岸を持つ戦国期の山城跡を目一杯堪能する事が出来る。

尚、麓の広大な陣屋跡の西側(本来の大手か?)にも大土塁と空堀遺構及び郭跡、あるいは物見に見える小郭が残っている

5

南東側から遠望

1route 登城ルート

3z 城跡概念図

7 登山口

15_horikiri_dobasi_1 堀切土橋

21_shukaku_nai_2 主郭

23_higasi_obi_kirikisi 落差のある美しい切岸

26_horikiri_2

主郭北側の堀切

35_demaru_koguti_1 北出郭の土塁虎口

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