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2008年7月23日 (水)

数掛山城跡(京都府亀岡市)

京都府亀岡市本梅町西加舎の加舎神社から見れば遠く西側の綺麗な形をした山(狼煙台)の手前側尾根上に城跡はあり、まだ紹介の遅れている滝ヶ嶺城とは相当離れてはいるが真西側に位置しており同じ緯度にある

少ない資料の中ではあるが城跡は古くは波多野氏から始まり小林氏の居城とも載っているが波多野氏の没落と同時か光秀の丹波平定後廃城になった可能性は充分考えられる。実際に現地に行っても街道からは相当離れており集落監視においては良い立地条件下にあるが、有事の際の部隊移動であるとかを考えるととんでもない場所に築城したものである、正に隠し砦か逃げ込み用の砦の様で利便性にも欠けており平定後もこの城跡が使用されたとはとても考え難いものである。戦国時代なるが故に成立したと言っても過言ではない城跡に感じられる

城跡は真冬に訪れたせいもあって雪は多少残っていたが雑木に阻まれる事も無く全ての郭跡は見て回る事が出来た、高低差の余り無い郭を並べた主要五郭から構成されており数箇所に石垣跡も残存している。規模も小さく縄張り妙味も技巧的な箇所もほとんどないので苦労して上って来た割には多少肩透かしを食らってしまったが、ここに城跡が存在する事実だけでなぜか充分な満足感に浸れてしまうから不思議である。多くの城跡ファンが求める山城のイメージは恐らく天空の城なのである、この城跡がこれに近いとは決して思えないがこの城跡の雰囲気も醸し出すものもやはりこのイメージに近いものがある。山城遺構に期待するよりは別な意味での大人の隠れ家的なロマンに浸れる城跡とも言えよう

尚、城跡をそのまま東側に下りれば東尾根上にも比較的大きい郭跡が残存しているので下山時には少し直登道からはそれるが寄っても損はしないだろう、ただし寄った後は必ず下山方向の南側(右手側)に下りて行く事が大事になる、そうすれば元の登山道に合流できる筈である。

今回は地形図だけを頼りに目星だけ付けて登り、幸いにも無難に辿り着く事が出来たが下山時においては全く方向が分からなくなり偶然東城と呼ぶべき郭跡に寄る事は出来たが少々山中を彷徨ってしまった。再度訪れる事になっても今回と同じルートで上れる自信はあっても下りれる自信は絶対に湧いてこない。地図で説明をするのは簡単ではあるが一旦シュミレーションしたルートから外れると体外な方向に出てしまうので要注意の山城である。しかしこの達成感は半端なものではない!

Photo

東側からの城跡遠望

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登城ルート

3_1 城跡概念図

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南出郭石垣跡

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出郭北側石垣跡

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主郭自然岩利用の虎口

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主郭内奥の櫓台土塁

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主郭北堀切

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東尾根上の出城跡

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