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2008年7月30日 (水)

堀越城跡(京都府福知山市)

京都府福知山市上野にあって国道九号線より少し入る生野天神社からは西側に位置する山の山頂から東に向いての尾根上が城跡

小倉氏の居城とだけは載っているが詳細は不明、この城主も恐らく明智による丹波攻略の煽りで最後まで抵抗を試みた赤井氏と運命を共にしたか、明智側に付いたのかのどちらかであると思われる。どちらにしても両者が滅んでいる以上その後歴史に顔を出すといった事は無いとも思われる。1route_2

登城ルート

城跡へは神社入口に対面する細い道を西に道に任せて進むと右手側(城跡)の山裾に集合墓地が見えてくるのでそちらを目指せば登山進入路となる配水施設に自然に繋がる。墓地の東側には当時のものかどうかは判断し難いが石垣跡を伴った屋敷跡とも見受けられる郭群が藪の中に隠れているので少し寄って見ても損はしないだろう。4_1

東より遠望

3_2

城跡概念図及びコメント

24_hokutou_sizenkaku 配水施設西側の郭跡

19_shukaku_kitagawa_heki 主郭北側の高い切岸

12_shukaku_nai_1 主郭最高所

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主郭西帯

38_isigaki 当時のものかは判別し難い墓地横の屋敷跡の古い石垣

堀越城跡を後にして北西側の正後寺集落に市田氏(素性ははっきりとは分からないが小倉氏の一族かも知れない)の館跡があったらしいので目星だけ付けて寄ってみた。どうやら社殿と堀越公民館が建てられている地はどうもそれらしい雰囲気を醸し出しており、己の勘に頼るだけであるがこの佇まいは正しく屋敷跡に見受けられるものである。数段の広い郭跡が切岸を残して上方にある墓地まで重なりあっているのが見れる、発掘調査でもしない限り間違っても断定は出来ないが、見る人が見て自分なりの判断を下せばそれでも良いと思う。これも戦国期を思い起こす一つのロマンなのである。

Ya_1_2 道路から覗く居館跡と見受けられる公民館

Ya_6 郭跡の切岸

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