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2008年7月20日 (日)

法貴山城跡(京都府亀岡市)

京都府亀岡市曾我部町法貴の集落から見て西側に聳える山が城跡

本来は酒井氏の居城であったが後に明知側に就いたので改修されたと見えて、織豊系を色濃く残す城跡に変貌を遂げたと見受けられる。亀岡から丹波地区にあっては堀切は備わっていても横堀(空堀)の使用されていない城跡が多いのだが、この城跡は空堀を二重に用い尚且つ横の移動を阻む縦堀も張り巡らせており、縄張りも含めて非常に先進性に富んでいる。もちろん郭境には必ず堀切が設けてあり土塁と並んで鉄壁な防備に一役買っている。勝手な推察ではあるが明智改修前の古城が南から東尾根にかけての古い形態の酒井氏時代の城跡ではないだろうか。

城跡を訪問するには過去二回の経験より二通り在る事が分かったが、一つ目は下山時に使用した城跡西端から谷沿いを南東に下りる急斜面の少ないルートの逆を直登するルート。取り付き地点に目印となるものは無いが明智岩の案内板から道路を南西側に移動し、道路沿いから何となく土塁に見える丘から谷状地を登り始めると深い空堀道を通る事になり(ここを通る事によってルートの間違っていない事を確認する)そのまま距離は長いが藪漕ぎせずに西端郭跡に辿り着ける。二つ目は急斜面の直登になるが短時間で別尾根の郭跡も確認しながら順序よく見て回れるルート、これは地形図は頭に入れて置く必要があるが明智岩辺りならどこから取り付いても方向さえ間違えなければ東端の堀切を伴う郭跡に辿り着ける。ここからも斜面にはなるが酒井氏時代に築かれたと思える風化した郭跡を確認しながら主郭まで辿り着ける筈である。ただし上りきるまでは相当きつい斜面なので軽装はお薦め出来ない。どちらのルートを選んでも夏場の訪問は避ける(恐らく藪で視認も移動も出来ない状態と思える)事と、地形図は絶対に欠かしてはいけない。

城跡の状態及び感想等は別に載せてあるのでそれを参照の事、とにかく絶対に期待は裏切られない城跡である事は確かである。

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東側から遠望

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登城ルート

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城跡概念図及びコメント

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明智岩取り付き周辺

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副郭

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南側空堀

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主郭西櫓台

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主郭西堀切

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西郭より主郭切岸

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西郭西側堀切

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京都(亀岡)の山城」カテゴリの記事

コメント

初めてまして
いつも楽しく読ませていただき、大変参考になります。
20日午後この城にチャレンジしましたが、明智の戻り岩のすぐ右から崖上の急斜面を登ろうとしましたが、前日の雨のせいか滑りやすく踏み場もないため途中で断念しました。藪が深刻で視界も遮られる状態でした。
機会があれば訪れてみたいですが、もっと分かりやすいルート、目印があれば、教えてください。

TAKUです、コメント拝見させて頂きました。
この山城は現在でもそうだと思えますが、山全体の藪化が相当進行しており、中々上り易い直登道はないものと思えます。
ルート図に示した下山道としたルートは、踏み跡程度の山道が城跡西端の堀切付近まで繋がっていた記憶があり、このルートを逆に上られるのが一番ベストな選択かも知れません。
ただ、このルートは国道沿いに目印となるものがなく、地形図から直登取り付き地点を判断して頂くより他ありませんが、地図に示した付近から入山して、ただひたすら赤線を辿る方向で北を目指して登れば、間違いなく城跡へは辿り着けるとは思います。
相当藪化は進行しているとは思えますが、見学する値打ちは充分ある山城と心得ますので、是非再トライしてみてください。

コメントいただき有難うございます。
やはりTAKUさんの下山ルートしか選択の余地がないようですね。
再度登城できるのはいつになるか分かりませんが、
無事辿り着くことができましたら、また報告したいと思います。
今後もよろしくお願いします。

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