位田城跡(京都府綾部市)
京都府綾部市位田町にある浄泉寺の北背後の山塊が城跡
地元の年配の方は誰もが御存知の室町時代後期に位田の乱の舞台となった城跡で、この地方においては有名な歴史上の出来事になる。乱の概略は荻野、大槻、須知、位田連合軍が時の守護、及び守護代であった細川、上原に叛いた事が発端となり約四年の間抗争は続いたが荻野の自刃をもって乱は終結したと言う内容のもので、戦火はこの地域のみならず相当広範囲に及んだとされており凄い戦いが繰り広げられた事が想像出来る。最終的にはこの地域も明智光秀の丹波平定によって織田のものになるのだから結果的には無意味な戦いとしか言いようが無いものでもある。
城跡は現状見て回れる状態にあるのが高城の山上郭及び低城の山上郭群で、高城より北側にも当然郭跡はあると思われるが雑木に覆われとても足を踏み入れる状況下には無い。高城から低城に向かう道も逆から向かう道も笹藪で覆い尽くされており両城を尾根伝いに縦断する事は至難の技である、真冬に訪れれば良かったのかも知れないが二回の訪城いずれも密生する雑木笹藪に阻まれてしまう結果となった。お陰で今回は低城のみとなったが登山道中寺院背後から中腹にかけても多くの郭跡及び土塁を確認する事が出来、城跡の規模の大きさを再認識する結果ともなった。
城跡へは両城とも登山道が通じているが低城は道案内が無いので少し分かり辛いが、寺院北西の秋葉社下に山道があるので社を目指せば道は見つける事が出来る。高城から低城へすんなり縦断出来れば一番問題はないが今回の様な場合はどちらに行くにしても一旦山を下りて別々に登山した方が無難と思われる。
高城 山上主郭
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