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京都府南丹市薗部町埴生の集落北に突き出した尾根に主郭を構える単郭と言っても良い小規模な城跡
城跡は神尾山城の支城にあたるもので歴史的にも不明な部分が多いが、こちらにも周囲を石垣で覆っていたと思える石垣痕が随所に窺われ最終的には光秀によって改修を受けた可能性もある様に見受けられる。
山上へは山道があったのかも知れないが麓の最福寺東側の小川を渡り、当時の屋敷跡であると思える数段にもなる休耕地から直登すれば20分足らずで山上主郭に辿り着ける。
登城ルート
城跡概念図
麓寺院東側の屋敷跡
大手の虎口石垣跡
主郭西壁の石垣跡
主郭
主郭櫓台切岸
主郭南西角の石垣跡
主郭南の大堀切
管理人さま、始めまして。 登られた、お城の城郭が、細かく再現された絵があり、山城の規模が解りやすく、また登山ルートまで細かく書かれておりとても素晴しいですね!
09年の1月に私も、埴生城に登りました。 私の登ったルートは、管理人様の登られたルートではなく、もう少し北側の虎口跡?から伸びる山道から登りました。(管理人様のマップ直登道の文字の「道」付近で、更に「登」付近の川沿いには、何時頃詰まれたか不明な石垣と空掘り見たいな?個所もありました。 ) その虎口風な場所(左右に石垣あり)から、山林に少し入ると、土塁の道が現れ、その道を辿って登っていくとまた、虎口風な石垣が見えて更に、登って行くと侵入防止の網があり、行き止まりますが、その向うには大きな石垣が散乱していました。 仕方ないので、山頂に向って網沿いに歩いて行くと >字の尾根が見えて頂にも大きな石垣が転がっておりました。(絵の書かれていない下の場所から登った感じです。こちらも徒歩20分位?) 登った感想として、天引峠の西側より攻めてくる敵には有効な作りと感じました。
投稿: k.のの | 2009年6月29日 (月) 21時33分
TAKUです、コメント拝見させて頂きました。 やはり大手と思われる側に山道があったようですね、最近はどの城山に上るにもかつての山道は獣道と化しており、夏季においては山道を利用して上れる状態にない山城も非常に多いのが現実の様です。繁殖する害獣のせいで麓までフェンスで頑丈に覆われた城跡も数多く、途中で登山を断念された方も多いのではないかとも思われます。 個人的には最初から登山道を探す事は諦めて、最短ルートで直登山する事の方が多いのですが、藪漕ぎしてまで上られる見学者は非常に少ないものと察せられ、これから益々埴生城の様な無名の山城が遠ざけられて行くのが非常に残念でもあり、折角の遺構が自然と同化していくのが非常に勿体無くも感じます。 もちろん所有者の存在する城山でもあり、一介の山城ファンが心配してもどうする事も出来ないのですが、ブログ「山城賛歌」を通じて城跡に興味を示された方が、少しでも城山に足を向けてもらえれば幸いと思いリポートを続けている次第です。 この城跡だけに限らず、少しでも訪問リポートがお役に立てたのであれば非常に満足でもあり嬉しくもあります。又感想をお聞かせ下さい
投稿: TAKU | 2009年6月30日 (火) 00時15分
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管理人さま、始めまして。
登られた、お城の城郭が、細かく再現された絵があり、山城の規模が解りやすく、また登山ルートまで細かく書かれておりとても素晴しいですね!
09年の1月に私も、埴生城に登りました。
私の登ったルートは、管理人様の登られたルートではなく、もう少し北側の虎口跡?から伸びる山道から登りました。(管理人様のマップ直登道の文字の「道」付近で、更に「登」付近の川沿いには、何時頃詰まれたか不明な石垣と空掘り見たいな?個所もありました。
)
その虎口風な場所(左右に石垣あり)から、山林に少し入ると、土塁の道が現れ、その道を辿って登っていくとまた、虎口風な石垣が見えて更に、登って行くと侵入防止の網があり、行き止まりますが、その向うには大きな石垣が散乱していました。
仕方ないので、山頂に向って網沿いに歩いて行くと
>字の尾根が見えて頂にも大きな石垣が転がっておりました。(絵の書かれていない下の場所から登った感じです。こちらも徒歩20分位?)
登った感想として、天引峠の西側より攻めてくる敵には有効な作りと感じました。
投稿: k.のの | 2009年6月29日 (月) 21時33分
TAKUです、コメント拝見させて頂きました。
やはり大手と思われる側に山道があったようですね、最近はどの城山に上るにもかつての山道は獣道と化しており、夏季においては山道を利用して上れる状態にない山城も非常に多いのが現実の様です。繁殖する害獣のせいで麓までフェンスで頑丈に覆われた城跡も数多く、途中で登山を断念された方も多いのではないかとも思われます。
個人的には最初から登山道を探す事は諦めて、最短ルートで直登山する事の方が多いのですが、藪漕ぎしてまで上られる見学者は非常に少ないものと察せられ、これから益々埴生城の様な無名の山城が遠ざけられて行くのが非常に残念でもあり、折角の遺構が自然と同化していくのが非常に勿体無くも感じます。
もちろん所有者の存在する城山でもあり、一介の山城ファンが心配してもどうする事も出来ないのですが、ブログ「山城賛歌」を通じて城跡に興味を示された方が、少しでも城山に足を向けてもらえれば幸いと思いリポートを続けている次第です。
この城跡だけに限らず、少しでも訪問リポートがお役に立てたのであれば非常に満足でもあり嬉しくもあります。又感想をお聞かせ下さい
投稿: TAKU | 2009年6月30日 (火) 00時15分