福谷城跡(神戸市西区)
城跡は神戸市西区櫨谷町福谷にあって県道52号「福谷」交差点のほぼ真北側の丘陵上に位置しており、現在主郭に相当すると見受けられた郭跡には、「秋葉神社」が建立されている事からも、非常に訪ねやすい城跡となっている。当時は端谷城(衣笠氏居城)を本城として周辺には多くの支城(砦跡)が築かれていたが、この城跡もその中の一つでもあり、支城として機能していたようだが、秀吉によって本城と同様に落城の道を辿った模様である。
城跡へは先に触れた県道52号「福谷」交差点を目指すのが一番分かり易く、交差点からはそのまま北上すれば、概念図に示した県道65号「福谷北」交差点脇にある秋葉神社参拝道入り口までは難なく辿り着ける。車は自己判断において、参拝道入り口付近の空きスペースを利用すれば良いものとは思われるが、そこからは参拝道に従えば5分もあれば山上主郭までは到達出来るはずである。
土塁
現状(10月)城跡は社殿の建立されている敷地を除けば相当深刻な藪化状態にあり、取り合えず概念図に示したまでが移動可能、あるいはある程度視認が可能な地域と思って頂ければ良いが、踏み跡から外れると藪漕ぎ移動は余儀なくされる状況にあるので、東西斜面はもちろんのこと北側に繋がる尾根上までの踏破は断念するに至った。目に留まった遺構としては土塁、縦堀(片堀切)、枡形に見えた土塁虎口などが挙げられるが、どれも矢竹藪の中で窺うものでもあり、明確な判別は難しいのが現状でもある。よって図中に示した縄張りはアバウトなものでもあるが、遺構の位置する箇所程度の事では多少の参考にはなるだろう。北尾根上までは踏破していないので、縄張り全域の規模を体感する事は出来なかったが、郭転用地とも思えた神社敷地から想定する限り、規模の大きそうな城跡には見えなかった。現在社殿の建つ脇には矢倉風の展望所が設けてある事からも、城跡を意識した粋な計らいが窺われ好感が持てたが、遺構見学を重要視した訪問においては、最初から見応えには期待しないほうが良いものとは感じられた。尚、ルート図には示したがこの城跡から川を挟んだ南東側丘陵上には城ヶ谷城(砦跡)が存在しているので参考までに、、、ここも全域が藪状態にあるので、一部を残して全域踏破は出来なかったが、ほぼフラットに感じられた広大な削平地だけは眼にする事が出来た。
訪ねやすい事からも城跡巡りの一環、あるいは存在確認の為の史跡見学としてなら充分お薦め出来るが、山城ファンにおいては最初から期待を捨てて臨まれる事が肝心ではあろう。





























































































































































































































































































































































































































































































































































































































































